Stay Hungry, Stay Foolishなひとたち 〜樋口昌孝氏〜

すっかりおなじみの、スタンフォード大学の卒業式でのスティーブ・ジョブズの感動的なスピーチ。その締めの言葉がそう、「Stay Hungry, Stay Foolish」。私はこの言葉が大好きで、そしてこの言葉を地で行く生きざまを魅せる多数のロールモデルに出会い、勇気をもらい、励みにし、学んできました。

今回はそんな中でも、私のあこがれのひと、京都で「農業家」を名乗り、京野菜の第一人者として活躍されている樋口昌孝さんをご紹介します。


樋口昌孝さんとは 〜京野菜の求道者〜

樋口さんは、京都市北部、鷹峯地区で400年続く農家の14代目として生まれ、伝統的な京野菜の種子を守り、その栽培方法を受け継ぎ、現在に京野菜を伝えている方です。京野菜と言えば、今や高級野菜のブランドとなり高い評価を受けておりますが、あまりに一般に普及したため、「リアル京野菜」と言えないものも「京野菜」と名乗る傾向があります。そんな中、伝統的な本物の京野菜を守るために日々情熱を注いでいらっしゃいます。

私は樋口さんのことをTV番組「情熱大陸」で初めて知りました。その時の感動は今でも忘れることなく生きづいています。その「京野菜バカ」っぷり。朝から晩まで頭の中は京野菜のことばかり。生活の時間が全て京野菜優先で流れていきます。早朝から畑に出て、日が沈むまで。そして自宅では新しい野菜の研究に余念がない。暴風雨の時は、夜通しビニールハウスが飛ばされそうになるのを家族総出で押さえたり。。をそんな日々を何十年と続けられているのです。

また、樋口さんの野菜は、大資本か小資本か、法人か個人か関係なく、樋口さんの考える京野菜への思いを共有できる方にしか販売されません。しかし、一旦樋口さんが見込んだ料理人にはとことん付き合います。そうして育まれた樋口さんと料理人たちの関係は非常に強固なものとなっていきます。樋口さんは最近大けがをされたんですが、それを聞きつけた、今や国際的に活躍する人も少なくない樋口さんの「同志」たちは、樋口さんの畑を訪れ、それぞれのルートから助っ人を連れて駆け付けました。

また、私が一番感動したのは、樋口さんのその「しなやかさ」。京野菜へのこだわりはものすごいんですが、京野菜以外の野菜への挑戦心はもっとすごい。

樋口さんの京野菜を使うお店の中にイタリアンのお店も多いのですが、イタリアンで使われる野菜に挑戦、そこに京野菜ならではの「味付け」をした野菜の栽培に挑戦する姿。これはなんでしょうね、「提案型農業」とでもいうのでしょうか。料理人に自分の考える新しい野菜を提案し、ともにいい野菜に仕上げていく。これがお店でシェフの腕で素晴らしいお料理に変貌し、食べる人の感動を呼び起こすのです。

「九条ネギの炭火焼」に見た、樋口さんの「仕事」

樋口さんの野菜を、樋口さんの「同志」が調理し、樋口さんの志に共鳴した人たちがともに味わう「樋口会」という会があります。その様子が情熱大陸でも放映されました。私はこの光景に衝撃と感動を覚えたのを今でも鮮明に覚えています。

樋口さんは、その時の樋口会のメイン料理として、「九条ネギ」を軽く炭火であぶったものを出されたんです。何の味付けもない、ただシンプルに炭火であぶっただけの。

九条ネギは、そのネギの中にとろみがあって、鍋料理などでおなじみですが、さすがに私も炭火であぶっただけのものは食べたことがない。ですが、樋口会の参加者は全員この味に感動。。樋口さんの京野菜への思いを伝えるには、これが最高の料理方法だとその時の料理人の方もおっしゃってました。

自分が人生をうずめて作った九条ネギ。これを「どストレート」の形でお客さんに届け、お客さんはこれを「どん」と受け止め、味わい、感動する。この清さ、まっすぐさに樋口さんの「仕事」を見た気がして、ただただ「かっこいい」と感動したんですね。

樋口さんの「仕事」に見る「自分の仕事をつくる」ということ

樋口さんのお仕事ぶりを紹介しつつ、合わせて紹介したいのが、以前より私が大切にしている下記の「自分の仕事を作る」という書物です。

自分の仕事をつくる

自分の仕事をつくる

この本には、日本を代表する工業デザイナーである柳宗理さん他、魅力的な仕事を手掛けたれている方々の「ものづくり現場」を訪ね、「仕事とは何か」をインタビューから考えるという内容で、今でも雑誌等で紹介されることがある名著です。

「自分の仕事を作る」の中で、下記のような言葉が印象的です。

いいモノをつくっている人は、働き方からして違うはずだと考えたのだが、はたしてその通り。彼らのセンスは、彼ら自身の「働き方」を形づくることに、まず投入されていた。
素晴らしい仕事も作品も、ある意味で、その結果に過ぎないことがよくわかった。また同時に、それぞれの仕事が彼らにとって、他の誰にも肩代わりできない「自分も仕事」であることを知った。(P8)

樋口さんの「九条ネギ」は、まさしく樋口さんが試行錯誤を繰り返して作り上げた「働き方」から生まれた、樋口さん以外の誰にも肩代わりできない「自分の仕事」だと思うんですね。だから、多くの人を感動させるんですね。

梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」の中の、私がとても好きで、いつも考えさせられるポイントである下記の箇所が、「京野菜とウェブ」という異分野ではありますが、共通点を見出すことができるように思います。

自分の志向性や専門性や人間関係を拠り所に「自分にしか出せない価値」(さまざまな要素からなる複合技)を定義して常に情報発信していくこと。(中略)自分の価値を理解して対価を支払ってくれる人が存在する状態を維持しようと心がけること。コモディティ化だけは絶対しないと決心すること。(P103)

不断の努力で、決して「コモディティ化」しない、自分にしか出せない価値を提供する「自分の仕事」をし続けている、これが樋口さんの「京野菜」だと思いますね。

どうすれば「自分の仕事をつくる」ことができるのか

どうすれば「自分の仕事をつくる」ことができるのか。これは本当に悩ましい質問であり、そんな簡単に答えが出るものではないし、一生かけて考えることかもしれないんですが、私は以前聞いたデザイナーの日比野克彦さんの話が印象に残っています。こんなことを言ってましたね。

人の個性というのは、その人が今まで生きてきた「生い立ち」の中にしかない。

樋口さんは、自分が400年の伝統を持つ京野菜の農家に生まれたという、決して消すことができない「生い立ち」の中に自分を置いて、自分を「農業家」と定義している。そしてその「生い立ち」を「かけがえのないもの」として大切にし、「自分の仕事をつくる」ことに成功している。樋口さんの生きざまを見ていると、そんなことを思うんですね。

私たちは樋口さんのように、素晴らしい「生い立ち」があるわけではないと思うんですが、もう少し「自分が今まで歩いてきた道」というのを大切に、かけがえのないものとして大事にしてもいいのかなと思ったりします。

自分の今の仕事に、今までの人生で好きだったことや、熱心にやってきたことを組み合わせてみる。その「組み合わせ」が新しい価値を生み、自分以外の誰も肩代わりできない「自分の仕事を作る」ことになる。そして「自分印」の仕事が、一人でもいいから「ありがとう」といってもらえる、そんな「自分の仕事」。

そんな「自分の仕事」。やりたいですね。いつかね。

生い立ちばかりにとらわれていたら、「コモディティ化」してしまうリスクがあるから、そのバランスは絶対必要ですけどね。

私は樋口さんの京野菜を頂いたことがないので、是非一度「九条ネギの炭火焼」を頂きたいなと思いながら、樋口昌孝さんのこの言葉で締めたいと思います。

樋口昌孝さんの益々のご活躍をお祈り申し上げます。

「物を作る人間は自分が得心するまで作らなあかん」と後輩にも言うが、最近はとかく時給換算しがち。時間にお金を払ってもらうのではなく、ちゃんとしたものを作っているかどうかにお金をもらうのです。「野菜は金持ちだけが食べるもんやないから、農家は儲けようと思うな」と教える。気骨のある若い後輩を育て、農業の醍醐味を未来に伝えるために、自分も楽しみながらも、死に物狂いでやっていく気です。

(「情熱大陸」での樋口昌孝さんの紹介記事)
http://www.mbs.jp/jyonetsu/2003/20030126/profile.html
(樋口昌孝さんのインタビュー記事)
http://www.bunet.jp/world/html/18_1/484_neokyoto/index.html

いかがでしたか?もし「おもろい!」と思われたらクリックをお願いします!