三十歳から四十五歳を無自覚に過ごすな〜西堀晋氏〜

前回書かせて頂きました樋口泰行さんのお話。多数の方にアクセスして頂きました。ありがとうございました今回も、梅田望夫さんが著書「ウェブ時代をゆく」で提言されている「ロールモデル思考法」で。再度思い出しておきましょう。

「好きなこと」「向いたこと」は何かと漠然と自分に向けて問い続けても、すぐに煮詰まってしまう。頭の中のもやもやは容易に晴れない。ロールモデル思考法とは、その答えを外界に求める。直感を信じるところから始まる。外界の膨大な情報に身をさらし、直感で「ロールモデル(お手本)」を選び続ける。たった一人の人物をロールモデルとして選び盲信するのではなく、「ある人の生き方のある部分」「ある仕事に流れるこんな時間」「誰かの時間の使い方」「誰かの生活の場面」など、人生のあらゆる局面に関するたくさんの情報から、自分と波長の合うロールモデルを丁寧に収集するのだ。(p119-120)

今回も私が一方的に「師匠」とお慕い申し上げている方(笑)です。京都で小さなCafeを営みながら自ら信じるプロダクトデザインを発信し続け、そして今はあのApple社で数々のヒット商品のデザインを手掛けていらっしゃる西堀晋さんです。私は後ほどご紹介する西堀さんのCafe「efish」の近くに住んでいたことがありまして、もう超大好きな空間で、毎週のように通っておりました。西堀Products、そして西堀プロデュースのお店が大好きで、大ファンです。そんな西堀さんがあのAppleに行く!と聞いて、もうぶったまげて、そして「かっこいい!」と本当に心から尊敬申し上げたことを昨日のように思い出します。西堀晋さんは、これまた本当に私が一生大切にしたいと思っている「ロールモデル」であり、憧れの人であります。

西堀さんの30歳から42歳までの足跡は、私に「生き方」「在り方」を教えてくれていると思っています。そんな西堀さんの経歴を一枚のチャートにしてみました。エアコンデザイナーからプロダクトデザインへの挫折、そしてフリーランス、そしてAppleへ。西堀さんの軌跡です。


西堀晋氏の足跡〜いかに大切な三十歳から四十二歳を過ごしたか〜

松下電器産業プロダクトデザイナーとしての「悩み」

西堀さんは大学卒業後、名門松下電器産業にデザイナーとして就職します。ご本人はインテリア系のデザインをやりたかったのですが、その願い叶わずエアコン事業部へ。。そして東京に行きたいという願いも叶わず滋賀県へ。。西堀さんのキャリアはデザイナーとしては華やかとは言えない「エアコン事業部」という「不本意な配属」でスタートします。西堀さんはこの配属から入社時から退職を考えていましたが、以外と水が合い、エアコンのデザインを通じて、デザイナーとしての基礎を3年間学ぶことになります。このとき25歳。

そして次の配属はオーディオ事業部。花形ですね。11名のこじんまりした部署からいきなり80名の大所帯への異動。意気揚揚とデザインに取り組むはずだったのですが、残念ながらそうはならなかった。。。
モデルチェンジが頻繁に行われ、ものをデザインし、販売してもすぐに廃棄となる日々。自分たちが一生懸命デザインしたものがどんどん捨てられていく。そんなデザイン、ものづくりに西堀さんは疑問を感じ始めます。「もっと長く愛されるベーシックなものを作りたい」と。

そこで、西堀さんは自分の力で自分の未来を開拓しようとします。

自ら未来を切り開いた「P-CASE」の成功

現状を批判するだけでなく、自らが納得できるものを作ってみようと考えて西堀さんが膨大なエネルギーを投じて作ったのが、西堀さんの出世作となる「P-CASE」というCDプレーヤーです。

機能をCDプレーヤーとラジオに限定、可能な限り余分な要素を省き、「長く愛されるベーシックなものづくり」を実践します。これが「無印良品」で販売され、「2年間で5万台売る!」という計画を達成。デザイン業界でも高い評価を得ます。結果、「P-CASE」は西堀さんのデザイナーとしての名前を知らしめる、文字通り「名刺代わりの仕事」になったのです。このとき、31歳。

えっ。ちょっと待って下さい。以前ご紹介している熊本県知事の蒲島郁夫さん、サッカー監督の羽中田昌さん、お二人も31歳の時、「一歩前にでる」大きな決断をされています。樋口泰行さんも31歳でハーバードMBA留学に行ってます。これまた本当に偶然ですね。31歳。

カフェオーナー兼フリーランスのデザイナーに

西堀さんは自分が信じる「長く愛されるベーシックなものづくり」を実現するために、松下電器を退社。「自分とリズムが合う」京都に、新しい生活の拠点を築こうとします。そして京都の町を歩き回り、見つけたのは昔の遊郭街の入り口にある廃屋同然の3階建てのビル。。西堀さんはここを拠点にし、自力で1階と2階にCafe「efish」を、3階に西堀さんのデザイン事務所である「shin products」を開業します。このとき、33歳。

「Realising Design」という書物でのインタビューで、西堀さんはこの時の生活をこう表現されてます。すごく面白い。素敵です。

「農業をしながらデザインをしていく」という考え方だったんです。食べていくものを自分でつくる、好きなデザインは決して無理をしない・・・・・。この農業こそが私にとっての「efish」でした。(P147)

efish。皆さんもし京都に行かれる機会がありましたら、是非行ってみてください。西堀さんがおっしゃる「長く愛されるベーシック」という意味を肌で感じるようなCAFÉです。すごくおしゃれなCAFÉなんですが、近所のおばあさんが何気なく入ってお茶を飲んでいくようなたたずまい。京都の人々に愛され続けています。


(efish URL)http://www.shinproducts.com/index_efish.html

西堀さんは、「shin products」として、家具、食器などのデザイン、そしてお店のプロデュースを多数手掛けます。京都のみならず、東京でも。そんな西堀さんのものづくり、みせづくりは大評判となり、西堀さんの目指す「長く愛されるベーシックなもの」が少しずつ実現されていったのです。このとき、35歳。

そんな西堀さんを世界は見逃しませんでした。

フリーランスの活動が軌道に乗り始めた2年目の夏に、西堀さんはAppleのインダストリアル・デザイン・グループの責任者で副社長のジョナサン・アイブに会う機会を得ます。西堀さんのProductに触れたジョナサンは、早速西堀さんにApple社デザイン部門への入社をオファー。西堀さんはフリーランスとしての仕事に後ろ髪惹かれる気持ちを抑え、「家電製品の在り方について自分やるべきことが残されている」と思い、Appleへの入社、二度目の会社勤めを決心。このとき、36歳。そして現在もAppleの数々のヒット商品のデザインを手掛けられています。現在42歳。

西堀晋さんの魅力〜その在り方の「しなやかさ」〜

西堀さんの生き方を見ていると、私は「しなやかさ」という言葉を強烈に感じます。そして、大切な30歳から45歳を生きていくにあたり、この「しなやかさ」というのは一つ大きな示唆を与えてくれていると思っています。

西堀さんが生活者の視点を忘れず、「長く愛されるベーシックなものづくり」という大きな目標を若くして掲げられていたことはここまで述べてきたとおりです。私が素敵だと思うのは、その実現手段の在り方がとても「しなやか」なところなんですね。

西堀さんの出世作「P-CASE」は、機能を絞り込んだ非常にシンプルでアナログな製品なんですね。当時(1996年)はまだ家電においてデザインという要素がそこまで重要視されていない時代。そんな時代に「P-CASE」を販売するということは、社内の大反対に合うわけです。ですが、西堀さんはあきらめなかった。自ら試作品を携え、インテリアショップを「営業」して回り、従来の量販店ではない、新しい販路開拓に挑戦したのです。大企業の社内デザイナー。通常そこまではしないですよね。いや、通常色んなしがらみがあってできない。この「営業活動」で獲得した新しい販路が「無印良品」だったのです。なんですが、西堀さんの話からは、あまり苦労したという感じがしないんです。

また、フリーランスになってからも、自分のデザインを地方の町工場に持ち込んで現場の方々と一緒に作り上げていく、また出来上がったものを自らインテリアショップに持ち込んでみる。かっこいいデザインを手がけてあとはお任せというかんじは全くなく、デザインという「場所」から町工場、そして販売という「場所」へ「しなやか」に行ったり来たりして、目標を実現していく。これもすごく自然なんです。

また、自分の「居場所」という意味でも、松下で家電デザインのあり方に悩み、フリーランスとなったけど、「やり残したことがある」といって、二度目の会社員となる。フリーランスか、会社員かについて、いい意味でこだわりがない。片意地張った感じもない。とてもナチュラル。

しかし、どれを見ても、一本芯が通っているのは間違いない。そして竹のように弾力があって、よくしなう感じ。弾力を秘めた柔らかさ。「企業」か「個人」か、「デザイナー視点」か「生活者視点」か、これをトレードオフな関係と捉えるのではなく、竹のように両方を行ったり来たりする。そして決して折れない。
西堀さんの生き方に「しなやかさ」を強く感じるのです。生き方というよりも「在り方」という言葉がいいかな。

自分が信じる一本の芯を通し、これを軸によくしなう竹のようにいろんな場所をいったりきたりし、いろんな人と交わりながら、自分の思いを実現していく。そんな「しなやかな」在り方。そんな人になれたらいいなと思いますね。そしていつか自分の「名刺代わりとなるような仕事」に出会えるといいなと思いますね。

いや、「名刺代わりとなるような仕事」西堀さんは自分で作ったんですよね。そう。自分から動かないと。

最後に、「Realising Design」から、西堀さんが最後に語っている、私の大好きな言葉で終わりたいと思います。西堀さんの益々のご活躍をお祈りしております。

日本にいるのか、アメリカにいるのか。個人で活動するのか、企業のデザイン部に所属しているのか。僕にとって自分のいる環境は、どんな形でもよかったんです。自分がこの人生を終わらせるとき、幸せだったと笑って死ねるその一瞬のために、正直に生きる。それが僕の求める生き方なのだと思うのです(P173)。


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