Appleの半導体設計会社P.A.semiの買収について考えてみました

少し前の話になってしまいましたが、4月24日にAppleが米半導体設計会社のP.A.Semi社を278万米ドル(約289億円)で買収するとの報道がありました。Apple半導体事業に進出するのかと話題になりましたが、この買収についてちょっと考えてみました。

P.A.Semi社とは

P.A.Semi社は2003年に米サンフランシスコ・サンタクララシリコンバレー)にて創業されたファブレスメーカー。高性能、低消費電力のCPU「PWRficient(TM)プロセッサ」をメインとし、またAppleがCPUをIntelに移行する前のIBM Power PCアーキテクチャーを使った低消費電力の製品を供給しています。Appleは依然よりP.A.Semi社の買収を検討していたとの報道もあり、以前より「狙っていた」会社であったようです。

AppleのP.A.Semi社買収の狙い

iPodiPhoneなどのAppleモバイル製品強化が狙いでしょう。特にiPhoneはあれだけゴージャスな機能を持っていると、当然消費電力が気になります。Appleはもっと色んなことをやろうとしてるだろうし、そうなると、低消費電力技術は是が非でも欲しいところ。今のiPhoneのアプリケーションプロセッサは韓Samsungが供給していますが、Appleの夢見るモバイル製品を実現するためには、Apple側にもSamsungと対等に議論できる半導体設計エンジニアを抱えておく必要があるとの判断でしょうか。すでに結構な数の半導体設計エンジニアを抱えているみたいですけどね。

AppleのP.A.Semi買収を報じる記事)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0804/24/news031.html
iPhone分解リポート。サムスンのアプリケーションプロセッサについて述べられてます)
http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/07/19/InsideiPhone/index.html

P.A.Semi買収を少し考えてみました。〜「差別的優位性」と「開発負荷増大」のトレードオフ解消

今回の買収を「APPマトリックスというフレームワークを使ってもう少し考えてみたいと思ってます。

「APPマトリックス」とは、企業における技術開発プロジェクトを1.ブレイクスルー型イノベーション、2.プラットフォーム型イノベーション、3.派生形イノベーションに分類し、全社的な技術開発戦略と現在走っているプロジェクトの整合性、そして経営資源の配分の整合性を分析するフレームワークです。

例えば、全社的な技術開発戦略が「新技術・新製品開発」を重んじるのであれば、?ブレイクスルー型イノベーションの比重が重くなってくるべきで、経営資源としても?ブレイクスルー型イノベーションへの配分が重視されているべきです。

また企業再生フェーズなどの例外は省き、現在走っているプロジェクトが?派生形イノベーションに偏っているならば、企業の持続的成長を考えると、そのプロジェクト構成を見直す必要があるとも言えます。

また、?ブレイクスルー型イノベーションで開発された技術・製品は、その後?プラットフォーム型イノベーション、そして?派生形イノベーションへと受け継がれながら成熟し、製品として市場に投入され、派生的に広がっていくというのが理想的です。

昨今デジタル機器で新しい機能を実現するためには、ソフトウェア開発技術だけでなく、その基盤技術である半導体とのリンクが益々重要になってきています。Appleのソフトウェア開発技術は群を抜くレベルだと思いますが、Appleがやりたいこと(=スティーブ・ジョブズがやりたいこと?)がソフトウェア開発だけでは難しいことも結構あったんじゃないでしょうか。この技術環境を考えると、Apple半導体設計会社買収というのは、半導体とソフトウェアのリンクをさらに強化し、得意のソフトウェア開発技術を超える、新しいコア技術を手に入れようとする「ブレイクスルー型のイノベーションだと言えます。Appleがもっと色んなことを実現しようとするためには、半導体の領域もしっかり足を突っ込んでいくことは必然なのかもしれません。

しかし難しい問題もあります。今デジタル機器業界ではその拍車がかかる高機能化に比例した、ソフトウェアの開発規模の爆発的拡大が問題になっています。製品ライフサイクルがどんどん短くなる中、ソフトウェア開発に許容される開発期間も短くなり、かつその開発規模が爆発的に拡大する。よって製品化後にバグが判明、その解決に工数を取られ、エンジニアが疲弊していく。そして創造的なイノベーションが生まれなくなる。Appleも同じ悩みを抱えていると想定されます。

そこで出てくる考え方が「プラットフォーム」という考え方です。新製品を開発するたびに新しい半導体チップセットを準備し、その上で動くソフトウェアを膨大な時間をかけて新しく開発するのではなく、ソフトウェア開発を基盤となるハードウェア=半導体をある程度標準化し、ソフトウェアのベース部分も標準化、できるだけ少ない負荷で新しいソフトウェアを短期間で開発していく。最少のカスタマイズ部分で多機能を実現できるようベース基盤を標準化し、開発した技術をうまく「使いまわす」という考え方です。

但し、汎用性の高い半導体をベースにソフトウェア開発基盤を構築したとすると、仮に開発負荷を軽減できたとしても、それは差別的優位性を持たないソフトウェアになる危険性を孕んでいます。Appleのソフトウェア開発技術は現在他社の追従を許さないレベルだと思いますが、将来Appleを超える企業が出てきてもおかしくない。

汎用性の高い半導体をベースとしたソフトウェア開発基盤を構築しながらも差別的優位性を確立できた事例として任天堂Wiiが挙げられます。任天堂は成熟した技術を好んで使う企業として有名です。但し、これは模倣されやすいという弱点も持っています。

逆に、もしプラットフォームとなるソフトウェア開発基盤をAppleApple groupとしてのP.A.Semiかな)の思想に基づくオリジナリティーあふれる半導体をベースに構築できたとしたら、ソフトウェア、そして製品としての差別的優位性を確保しながら、開発効率を上げることが可能となり、Appleらしい、かつ模倣が難しい製品を短期間で、かつコストを削減しながらで市場に投入することができる。もし開発した半導体を外販せずに独占できれば、ソフトウェア開発基盤をブラックボックス技術として独占することができる。

このような「プラットフォーム」の考え方の成功事例としてよく挙げられるのが松下電器です。松下はデジタル家電の開発プラットフォーム「UniPhier」を社長トップダウンで開発。デジタルTV、DVD、携帯電話、カーナビなど幅広い製品群の中で利用され、「差別的優位性を持つ製品の開発」と「開発期間長期化、開発コスト増大の抑制」というトレードオフの解決に寄与しました。

Wikipediaでの「Uniphier」)
http://ja.wikipedia.org/wiki/UniPhier
(「Uniphier」についてのコラム。プラットフォーム構築は大変難しい仕事でもあります)
http://www.atmarkit.co.jp/fsys/zunouhoudan/071zunou/aboutplatform.html

そのような考えに立つと、Apple社のP.A.Semi社の買収は、

1.ブレイクスルー型イノベーション:次世代のコア技術を半導体とソフトウェアのコア・リンケージにより実現、ブラックボックス
2.プラットフォーム型イノベーション:そのソフトウェア開発基盤を整備し、開発効率をアップ
3.派生形イノベーション:成熟したコア技術をAppleの製品に派生的に展開

というストーリーで、さらに魅力あふれる商品を開発するんだ!という心意気はもちろんなんですが、それだけではなく、半導体技術を握ることにより、「差別的優位性を持つ製品開発」と「開発負荷・コストの増大」というトレードオフの解消により、エンジニアへの過度な負担を軽減しながら、スティーブ・ジョブズの「妄想」「無理難題」を少しでも多く実現しようという、重大な決断ではなかろうかと想像します。「妄想」は発明の母であります。

将来、Appleが、私たちがぶったまげるもっとすごい製品を届けてくれることを期待しましょう。そして価格もリーズナブルだともっと嬉しいですね(笑)


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