「ブライアン・ウィルソン」と「若狭塗箸」〜人生を塗り重ねること〜

昨日の中央線のパニックはひどかったですね。。。私も結局目的地には達することができず、大変な一日でした。こんなアクシデントでもないと絶対にたどり着かない町をうろうろしながら、そしてすし詰め状態の電車の中で、ある一冊の本を読みながら考えたことを書いてみようかと思います。ある一冊というのは、私が大好きな村上春樹訳の下記の本であります。

ペット・サウンズ (新潮クレスト・ブックス)

ペット・サウンズ (新潮クレスト・ブックス)

皆さん「ビーチ・ボーイズ」と聞くとどんなイメージですか。
夏。サーフィン。カリフォルニア。ビーチ。青春。ビキニ姿の女の子。etc.

たしかにそうなんです。が、ちょっとロックミュージックに親しみのある方は、ある意味このビーチ・ボーイズの姿が幻想であることをよくご存知だと思います。

この本は、ビーチ・ボーイズの実質的リーダーであり、ビーチ・ボーイズの音楽的要素のほとんど全てを一人で担った男、ブライアン・ウィルソンと、彼が産んだロックミュージック至上最大の問題作であり、至上最大の傑作である1966年5月販売のアルバム「ペット・サウンズ」についての物語です。

「ペット・サウンズ」とはどんなアルバムなのか。これを一言で言い表すのは非常に困難なのですが、この書籍ではこのような表現があります。

「ペット・サウンズ」は僕やあなたについての音楽である。子供や女性、あるいは男であっても、感受性や自己認識をいくらかでも持ち合わせ、そしてまた人生の避けがたい浮き沈みを既に経験したり、ゆくゆく経験することを前もって予期している人であれば、その作品の中に自らの姿を見いだすことができるはずだ。あるいはまた、そのような心を持つ人であれば必ず、その作品が顕示するものによって、変化を遂げたり、(そこまでいかずとも)大きく心を動かされたりするはずだ。


ブライアン・ウィルソンという人は、みんなが思っている「ビーチ・ボーイズ」的なものを持ち合わせた男ではないのです。

ブライアンは彼の回りを取り囲んでいたものに押し潰されそうになっていたのだということが今ではわかる。平静を見い出すことができないままに、彼はなんとか事態を理解しようとつとめる。しかし、それもかなわない。彼はどこまでも深く痛みを抱えつつ、その迫り来る精神の病と闘うことになる。


このような状態のブライアンは、自らのどうしようもない思いを胸に、自分というものを再度取り戻すため、自分の頭の中で完璧に奏でられている最高に美しい音楽を再現することを誓い、今まで誰も飛び込もうとしなかった未知の世界に飛び込んだのです。

「自分が作る音楽が誰にも認められないのではないか」という恐怖と戦いながら。

ブライアンは当時のことをこう語っています。

「枠の外に一歩踏み出して、何か新しいことをやりたいという時期だったんだよ・・・・・だから僕は自分にずいぶん鞭を打ったと思うな。自らを励まし、ことを前に進めていくためにね。」


「ペット・サウンズ」作成時のブライアンは尋常ではない集中力を発揮し、尋常ではない時間と手間をかけ、音楽を作っていったといいます。まさに「音楽に人生を埋めた」のです。

そこまでの全身全霊を注ぎ、命を削る思いで完成した「ペット・サウンズ」。当時商業的には失敗に終わりました。ブライアンの懸念が的中。これをきっかけに、ブライアンはより自分を追い込むことになり、その心の病に拍車がかかります。ドラッグにおぼれ、体重が100kgを超えた時期もあったといいます。「ペット・サウンズ」は「早すぎた音楽」だったのです。

しかし、神はブライアンを見捨てなかった。

「ペット・サウンズ」は時が経過するごとにその輝きを増し、多くの人の心に共鳴し、「つらいのは君だけじゃないんだよ」というメッセージを世界中に伝え、世界中の人々に愛されるアルバムへと成長していったのです。商業的にも総計9百万枚を売上げたと言われており、成功を収めました。

ここでうって変わっての話なのですが、みなさん、3月に終わってしまったNHK連続テレビ小説ちりとてちん」をごらんになってましたでしょうか。かなり面白くて、また今の自分に重なるところもあったりして、ずーっと見てました。女性の落語家の話です。
その女性は、福井県の若狭の出身で、若狭には伝統工芸で「若狭塗箸(ぬりばし)」というものがあるんです。これは、卵の殻とか、貝殻を細かく砕いたものとかを漆に混ぜて、お箸にゆっくり丁寧に縫って。やすりで磨いて、また塗ってという、とてつもない工程を経て、美しいお箸になります。ほんまにきれいです。

そのお箸の職人さんがおっしゃる言葉がとてもとても心に残る一言です。

「若狭塗箸」はゆっくり丁寧に塗り重ねたものが、後になって磨いてやることで素晴らしいきれいな模様が出てくる。人生も同じ。今苦しい時かもしれないけど、そうやって塗り重ねた人生は、きっと将来素晴らしい模様になって出てくる。人間は塗り重ねただけ素晴らしい模様が出てくるんだよ。


ブライアンがもがき苦しんだ人生、そしてまさしく「人生を埋めて」作った音楽、こうやって塗り重ねた人生は、すぐには出てこなかったかもしれないけど、時間をかけて、丁寧に磨いてやることによって、素晴らしい模様となって出てきた。そして、世界中で愛され、世界中の苦しんでいる人を救った。

今は苦しいかもしれない。何をやってもうまくいかないかもしれない。けど、止まってしまうんじゃなくて、苦しいけど人生を塗り重ねる。必ず塗り重ねたものが美しい模様になって出て来るんだと信じて、塗り重ね続ける。

そして、「仕事」と「人生」を分けて考えてはいけないんだ、そう思いますね。

そんなことを、すし詰めの電車の中で考えておりました。そんなことを考える時間を与えてくれたアクシデントというのも、悪くないかもしれないですね。

是非、ブライアンの「ペット・サウンズ」、そして、ゴールデンウィークに放送される「ちりとてちん総集編」を皆さんにも楽しんで頂ければとてもうれしいです。

今気づいたんですが、「ペット・サウンズ」の音楽って、それこそ音を散りばめた漆を塗り重ねて、そしてそれを丁寧に磨き上げて、最高の音の模様を生み出した、そんな音楽です。

ペット・サウンズ

ペット・サウンズ

ちりとてちん 公式HP
http://www3.nhk.or.jp/asadora/chiritotechin/

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