あたらしい戦略の教科書(酒井 穣著)

戦略についての素晴らしい良書は数多くありますが、それらの多くは両極端な位置づけになってるなの常々思っておりました。

  • 非常に高尚で難しい→素晴らしい人は使いこなせるが、私にはとても無理。。
  • 現場志向でわかりやすい→使えそうなんだが、自分の状況にフィットしない。。

そんな中で出会ったのが今回ご紹介する酒井穣さんの「あたらしい戦略の教科書」です。酒井さん執筆のベストセラー「はじめての課長の教科書」も小飼弾氏絶賛の素晴らしい本でしたが、今回も素晴らしい。私の「もやもや感」を解消する、「わかりやすくて深い」戦略の教科書だと強く感じます。

あたらしい戦略の教科書

あたらしい戦略の教科書

ポイント(1)現場からのボトムアップの戦略が必要

「あたらしい戦略の教科書」の一番需要なメッセージ。これは「はじめに」の下記の一節に凝縮されています。

ビジネスの複雑さがものすごい勢いで増している現代社会においては、現場の専門知識が乏しいトップが、戦略のすべてを管理することにリスクが極端に高まっています。(中略)そうした意味で、現代における戦略とは、現場に近い各分野の専門家が、ボトムアップ的な方法で、その立案以前から積極的に関わっていくべきものになったのです。(P5)

エレクトロニクスの世界で仕事をしている私は、酒井さんのこの指摘に激しく同意します。またここでは「経営トップ」について書かれておりますが、「戦略立案スタッフ」についても同じことが言えると思います。

酒井さんは第2章の情報収集と分析の手法のセクションで、「顧客情報こそキングである」と書かれています。まさしくそのとおりで、戦略立案のために有益な情報というのは、部長・課長レベルが接する「中枢の顧客情報」が非常に重要であると強く感じます。特に、技術的な要素が強い事業であれば、技術・購買部門の部長・課長レベルが、顧客のみならず、装置メーカー・材料メーカーから入手する「中枢の顧客情報」が非常に重要。こういった情報から距離がある「経営トップ」「戦略立案スタッフ」が、こういう顧客情報に触れずに戦略を立案することのリスクは確かに非常に高い。私もいわゆる「スタッフ」なので、このリスクを本当に痛感しています。

ですので、戦略立案の担い手は、このリスクを理解し、自ら積極的に顧客・サプライヤーとの接点を持ち、かつ自社内の営業・技術・購買部門等に積極的に交わり、彼らが持つ有効な情報に常にアクセスできる関係を構築し、この情報をベースに戦略を立案する意識が不可欠だと思います。

同時に、30歳から45歳の中間層が、自らが戦略の担い手である意識を持ち、経営トップに積極的に働きかけ提案していくことが非常に重要で、今後企業が生き残っていく条件の一つになると強く感じます。

ポイント(2)極めてわかりやすくて深い「戦略とは」への解

戦略という言葉を使いだすと、「戦略っていったい何」みたいな話になり、話がなかなか前に進まないことがあります。酒井さんは「戦略とは、現在地と目的地を結ぶルートである(P23)」という、きわめてわかりやすく深い定義をされています。

また、「戦略とは、時間とともに成長するものである」という主張をされています。酒井さんの主張を簡単にまとめると、こんな感じでしょうか。

  • 戦略立案において「議論を尽くす」ことなど不可能。完璧さを追い求めると決断のタイミングを失い、戦略においてはマイナスに
  • 不確実な環境においては、目的地を設定し、与えられた情報の中で現在地から目的地までの最適ルートの選択を決断し、目的地目指して動き出すべき
  • 実際に目的地を目指して動き出すと、それまで見えてこなかった事柄が次々と明らかになり、戦略はこの情報と「食べて」より強く大きなものに成長する (P33-36より抜粋)

この主張も「あたらしい戦略の教科書」ならでは。「スピード重視」など以前から言われておりますが、「戦略な情報を食べて成長していく(育てる)ものだ」というわかりやすくて深い主張は、腹落ちがかなりよいです。

また、戦略の話をしていると、「それは戦術の話だろう」みたいな話になって、「戦略と戦術の違い」の話になることがあります。この点についての酒井さんの主張が極めて素晴らしいし、私にとってはありがたい主張です。

  • 「戦術」は「現場の戦略」であり、戦略の一種である
  • 末端社員の専門知識とアイデアにあふれた視点のほうが、美辞麗句を集めただけの前者の視点よりも重要
  • 世界中のビジネス・スクールで使用されている専門的な経営戦略の教科書では、「戦略」と「戦術」を明確に分けて考えたりはしない
  • 現代の経営学の世界では、「戦術」という言葉は死語 (P43-46より抜粋)

私は戦略が固まれば、次は「誰が」「何を」「いつまでに」やるかを決めていく=アクションプランへの落とし込みだと考えており、戦略とアクションプランの間に戦術があるようなまどろこっしさが嫌だったんです。私が勝手に「戦略の多階層化」と呼んでるんですが、組織構造と一緒で、戦略も組織も多階層になると、不必要に複雑さが増し、物事の実行性が失わせるような気がしています。このもやもや感がすっきりしました。。

酒井さんは、これ以外にも様々な「わかりやすくて深い」主張で、私たちに、自分にとって戦略とは何かを正しく理解し、戦略の立案方法を学び、それを実行するためのテクニックを学ぶことの重要さに気づかせてくれます。

ポイント(3)今までにない視点かあらとらえた戦略成功のテクニック

私が本書で非常に共感し、大変勉強になったのが第5章の「戦略の実行を成功させる」。この中で、戦略を成功に導くためには「組織内にやさしい空気を作りだすことが必要」という主張をされていて、私は目から鱗が落ちました。。。

  • 戦略に関わる組織の皆が、それぞれに異なるお互いの立場や考え方を積極的に理解しようとしなければ、戦略の実行はうまくいかない
  • そのためにはお互いがオープンな気持ちでお互いの言い分を聞くことができる「やさしい空気」が必要
  • 「やさしい空気」を作り方は(1)笑う、(2)「やわらかさ」を取り入れる、(3)相手の「心」を聞きとる (P204-209より抜粋)

「戦略の教科書」と銘打った書籍で「やさしい空気が必要」、「笑いが重要」という主張ができた酒井さんの勇気はすごい。これは酒井さんが勉学と実務経験での苦労を重ねてたどり着いた戦略の境地ともいうべきものだと思います。私も戦略実行に非常に苦労を重ねておりますが、「やさしい空気が必要」という指摘は本当に必要不可欠だと痛感しています。


その他数々の「わかりやすくて深い」主張で、我々の「戦略とはなにか」というもやもや感を次々に解消してくれる良書です。と同時に、戦略というものを「机上の議論」から脱却させ、「現場の議論」に引き戻し、我々が正しく戦略立案・実行を担い手=「戦略の実務家」になることを迫る良書であります。そんな酒井さんの思いが凝縮されている下記の言葉で終わりたいと思います。

料理の初心者が何本も包丁を持っていても仕方がないように、戦略の初心者にとって重要なのは、まずは一本の包丁を十分に使いこなせるようになることです。しかし、たとえ包丁は一本しかなくとも、それでプロ顔負けの素晴らしい料理を作る人が大勢いることを忘れないでください。(P11)

このような良書を上梓して下さった酒井穣さんに大変感謝いたします。ありがとうございました。


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